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TICAD V 学生プロジェクト(前編)

将来、社会を担っていく立場にある私たちの声を反映することで、5年後のTICADやアフリカ開発に対して、今、影響を及ぼすことが大事。
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TICAD V 学生プロジェクト:辻愛麻さん、前田実咲さん、村岡楓公さんインタビュー


2013年6月、横浜で「第5回アフリカ開発会議(TICAD V)」という大規模な国際会議が開かれました。アフリカ各国の首脳が一堂に会したこの会議に、日本の若者たちの姿がありました。国際政治の舞台で、アフリカと日本の同世代の声を届けるために活動し、得た手応えとは。「TICAD V 学生プロジェクト」の辻愛麻さん、前田実咲さん、村岡楓公さんにお話を伺いました。

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辻 愛麻 Emma Tsuji Harrison
同志社大学政策学部4年。インドネシア、スリランカ、ケニアにて国際交流・国際協力事業に参加。大学入学以来、「日本ケニア学生会議」の代表として、ケニアと日本の学生の交流事業の運営に関わる。現在は休学し東京にて1年間、日本国際ボランティアセンター(JVC)調査研究・政策提言部門インターン、そして、UNHCR渉外インターンとして活動中。

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前田 実咲
慶應義塾大学経済学部4年。元TICADⅤ学生プロジェクト共同代表。2010年よりアデオジャパン所属、2011年8-12月に世界最大のソマリア難民キャンプ等にてNGO研修。2012年東京開催のIMF世界銀行年次総会におけるユース組織Development Japan共同代表。国連フォーラム幹事会所属。

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村岡 楓公
東京大学法学部3年。2011年よりアデオジャパンに所属し、TICAD Vに向けたNGOコンタクト・グループにも同団体を代表して参加。TICAD V学生プロジェクトでは、アドボカシー代表としてTICAD Vに向けアフリカ・日本ユースの立場からの提言作成に取り組む。2012年11月15日-17日にワガドゥグで行われたTICAD Vに向けた高級実務者会合には同プロジェクト代表団として出席。

TICAD Vについて

アフリカ開発会議(Tokyo International Conference on African Development: TICAD)とは、アフリカの開発について協議する国際会議です。日本政府が主催して1993年から5年に1度開かれており、ふつう「TICAD V」のように回数をローマ数字で表記した略称が用いられます。英語名称には Tokyo と入っていますが、第4回・第5回は横浜市が開催地に選ばれています。

TICADは回数を重ねるごとに、国際機関などの共催者が増えています。TICAD Vは国連開発計画(UNDP)、国連アフリカ特別顧問室(UN OSAA)、世界銀行、アフリカ連合(AU)と共同で開催されました。参加するのは、アフリカ各国の首脳はもちろん、国際機関、地域機関、さらにベトナムなどアジア諸国も開発パートナー国として参加し、さらにNGOなど市民社会の代表も出席しています。こうした各主体が、アフリカの開発のための政策を協調させる仕組みづくりが会議の主眼となっています。

— TICAD Ⅴでは何が話し合われたのでしょう?

前田 TICADは回を追うごとに大きな変遷をたどってきています。第3回まではアフリカ開発の方向性や哲学を話し合う性格の強い会議でしたが、第4回からより具体的な話がされるようになって、第5回ではさらに具体化が進みました。今回のTICADの合言葉は「援助から投資へ」と言われています。企業主体のイベントが併設されるなど、民間が積極的に参加するようになったのが今までのTICADになかった特徴だと思います。中国や韓国も政府が主催して、アフリカに関する同様の国際会議を開くようになったので、それとの差別化も意識されています。

 TICAD Vには、さらに「強固で持続可能な経済」「包摂的で強靱な社会」「平和と安定」という3つの大きなテーマがありました。この3つは密接に関わっています。平和と安定がなければ社会が安定しない。社会が安定しなければ経済は安定しない。経済が安定しなければ平和と安全が脅かされる。つまり、その3つのどれが欠けてもいけないし、それを包摂的に語るのがTICADである、ということです。

そして会議全体の態度として、「オーナーシップ」と「パートナーシップ」を大事にするというのがTICADの重要なところです。オーナーシップ、つまりアフリカ自身が自ら開発を率いて、主体性をもって動くという考え方は、第1回〜第3回の当時はかなり斬新だったと思います。

前田 第1回が開催された1993年は、冷戦が終わり、米ソ対立がなくなって、アフリカ諸国に対して援助するインセンティブが欧米諸国内で失われつつあった時期。誰がどのような方向性でアフリカ諸国に援助をしていくか?というときに、日本が先頭を切って「オーナーシップ」「パートナーシップ」と言って国際会議を始めたところがユニークでおもしろかったところですが、中国や韓国の台頭とともにTICADのあり方も変わってきました。

2013年6月に開催されたTICAD Vには、アフリカ51カ国の大統領・首相・閣僚のほか、「開発パートナー諸国」と呼ばれる援助ドナー国やアジア諸国あわせて31カ国の外交官、多数の国際機関、地域機関の代表が出席しました。民間セクターやNGOなど市民社会からの参加者を含めると、その人数は4500名以上にのぼる大規模な国際会議でした。会議の成果として、アフリカ開発の大きな方向性を示した「横浜宣言2013」と、具体的な開発のロードマップである「横浜行動計画」が合意されました。

この6月の本会合に先立って、2回準備会合が開かれ、それらを総称して「TICADプロセス」と呼びます。初めは2012年11月にブルキナファソのワガドゥグで開かれた高級実務者会合で、これには大使級の外交官が集まりました。そして2013年3月にエチオピアのアディスアベバで閣僚級会合が開かれ、最後に開かれた横浜の首脳級会合が「本会合」という扱いになります。こうしたプロセスの中ですり合わせが行われて、最終的な成果文書が練り上げられたことになります。

プロジェクトの目指したこと

— その中で、TICAD V 学生プロジェクトは何を目指したのでしょうか?

 TICAD Ⅴ 学生プロジェクトは、2012年に国際協力機構(JICA)のアフリカ部計画・TICAD推進課というところからJICA地球ひろばを通じてお声がけをいただいて始まったプロジェクトです。その当初の目的は「TICADにアフリカと日本の若者の声を届ける」というところにありました。

その根拠には4つの軸がありました。

  1. アフリカの人口の大きな部分を占める若者が、政治に適切に参加する必要があること。

  2. TICADでは教育や雇用など私たち若者が主体となるテーマが多く話し合われること。

  3. 将来、国際会議を運営する立場になったり、社会を担っていく立場にある私たちの声を反映することで、5年後のTICADやさらにその後のアフリカ開発に対して、今、影響を及ぼすことが大事なのではないか、ということ。

  4. 様々なアクターの中で、若者は基本的に理想や社会正義に近い部分をしゃべることが出来ること。私たちは「真の理想を唱えることが出来る唯一のアクター」という言葉を使いました。

— 「人口比率」「当事者性」「将来性」「自由な立場」の4つ、ですね。

 その4つを軸にしながら、プロジェクトには3つの目的がありました。

  1. 日本国内でTICADやアフリカについての認知度を上げること。

  2. 日本とアフリカの若者をつなげるネットワークを作ること。海外から日本に来る留学生全体の中で、アフリカ出身の留学生はわずか0.8%であり、一方で、日本からアフリカに行くのもハードルが高いのが現状です。

  3. TICADに若者の声を届けること。

この3つの目的のもとで、いろいろな企画をやってきました。

(続く »)

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Written by wakamonoiz

2014年2月16日 at 11:57 AM

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