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prayforjapan.jp

災害発生時には、日本国内外を問わず、ソーシャルネットワークを通した「心のつながり」が大切

prayforjapan.jp:遠藤忍さんインタビュー

記憶に新しい3月11日、東日本大震災発生当夜、停電中の一時避難所にて、1人の大学生によって立ち上げられたウェブサイト、prayforjapan.jp。Twitterに寄せられた日本・海外からの心温まる応援メッセージやエピソードが多国語対応で読むことができるこのサイトは、全世界から600万ものアクセスを集めた。また、4月にはサイトの内容が日英同時収録で出版され(「Pray for Japan-3.11 世界が祈り始めた日」講談社)、7月までの印税およそ300万円は、被災地の子供の学習支援と心のケアのために寄付された。設立当初からprayforjapan.jpの多言語への翻訳プロジェクトのマネージメントを行われている遠藤忍さんにお話をうかがった。


–prayforjapan.jpは、当時20歳であった鶴田浩之さんという方によって立ち上げられたと話題になりましたが、「翻訳プロジェクト」の始動にはどのような経緯がありましたか?

3月11日震災直後、鶴田ともうひとりの学生が、Twitter上の#prayforjapanがついたつぶやきを自動的に流すサイトを作ったのですが、鶴田の「こういうサイトを作ったよ」というツイートが、ぼくがprayforjapan.jpを知ったきっかけでした。#prayforjapanのついたつぶやきのうち感動的なものを、静的なページに落とし込んだサイトがその11時間後にできました。

サイト運営が始まって6時間後に、1万回リツイートされ、サイトの存在が拡散されたところで、「英語バージョン出来ないですか?」という鶴田のツイートがありました。鶴田は僕の大学の後輩にあたりますが、当時はTwitter上での知り合いでした。なので、英訳のプロジェクトが始まったのは、対面ではなく、鶴田のツイートに対し「どれやる?」と連絡を取ったことがきっかけでした。

今までの、英訳を含めたつぶやきを全部Facebookのprayforjapan.jpのページに移動した後、Facebookの「ディスカッション」や「ノート」の機能を使って、翻訳の管理をするという交通整備をしました。12、3日の段階で、韓国語のニーズが高いことが分かったので、多言語のトピックで閲覧者が自由に翻訳できるようにしました。その後ブログサイトを作って環境を整えた後、Facebook上のものを全てブログに移行するという作業をしました。

–遠藤さんが、翻訳プロジェクトに自ら参加しようとした動機は何ですか?

僕の大学の専門が英語教育で、研究テーマがもともと「言語と教育」だったのと、ゼミの先生の専門がバイリンガリズムだったので、在日外国人の存在を意識するようになったことが一つだと思います。東南アジア系の人達、フィリピン、ベトナム、タイ、中南米の出稼ぎ労働者は東京にもいるはずで、水道もガスも電車も止まっているこの状況を、彼らは恐らく理解できないだろうと、危機を感じたんです。しかし既に、外国人向けのサイトが筑波大学、東京外大、大阪外大で作られていたので、まずは心に残るつぶやきをのせていこう、という意向で参加しましたね。

–翻訳マネージメントを担うことが決まった時の心情を教えてください。

まず、日本を応援し、実際に物的・人的支援をしてくれた海外の人達に、感謝・恩返しをしたいという気持ちと、日本にいる在日外国人の人達に、安心感を与えてあげたいという気持ちが強かったです。

–翻訳者の方はどのようにして集めましたか?

英語の翻訳が多かったので、日英以外の組み合わせが出来る人にお願いしていました。また海外に住むアメリカ、イギリスのネイティブスピーカーが日本語で連絡を取ってくれた場合、ネイティブの人に優先して翻訳をやってもらいました。初期段階では、Twitter, Facebook上で自主的に連絡をくれた人にやってもらっていたので、多くはもともと素性の知らない方々でしたが、後にブログサイトで翻訳をしてくれた人はほとんど個人的に連絡の取れる状態になっています。

–女川や石巻市の小中高校、航空自衛隊などの被災地で、本の寄贈をされたとお聞きしました。本の貢献度についてどのように考えますか?

実は、被災地では、インターネット環境があまり良好でなかったことと、本屋が流されてしまっていたという現実があって、prayforjapan.jpの存在があまり知られていませんでした。また、つぶやき自体が関東の人達のものが多かったので、被災地とかい離している部分があるんじゃないか、という批判もあったのですが、講談社の方に「あれは、読むと後から良さが分かってくるものだよ。」と言ってもらって、あの本が広い範囲で人の不安を取り去る力があることに気付きました。また、書籍の媒体なので後世に残すことができますし、3.11を次世代に伝えることが出来ます。

被災者の方で、現実を受け入れたくても受け入れられない、悲しみから立ちなおそうとしている人達がいます。僕は、その道のりの中で、本の中の言葉が彼らの助けになるのではと信じています。一方で、非被災地から現地に、使命感というモチベーションでボランティアに行くの人の中には、現実を目の当たりにして衝撃を受ける人もいますから、被災地の人も辛いし、ボランティアで支援する人も辛い。そういった辛さや不安を癒せたらと思っています。

–海外の方の需要についてどのように思いますか?

海外では、地震の三日後にはすでにニュースの話題がリビアの暴動事件へと変わっていたこともあって、外国に住む外国人にとっては、この本の需要は期待出来ないと思いますが、本が出来ることは、次世代にこの大地震の事実を伝え継ぐことでありたいと思っています。需要に関わらず、この本を残していきたいです。

–本を出版した時の周囲の反応はどうでしたか?また、Amazonで予約2日目にしてベストセラー10位を記録したとき、どう感じましたか?

僕自身も本を5冊ほど買って親しい人にあげましたが、良かったと言ってもらった時に、この仕事をしてきて良かったな、と感じました。感動した、泣いたという声を聞いた時は、(実際喜べる事ではないんですが)多くの人が震災のつぶやきに関して共感していることを知って嬉しかったです。ただし期待が大きい分、それに応えなければいけないという責任を感じましたし、その責任を果たさなければいけないと思いました。

(続く »)

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Written by wakamonoiz

2012年5月15日 at 2:31 AM

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