Wakamonoiz

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カンボジアの教育を支える会(PACE)

日本とカンボジアの教育が違うのは当たり前。支援に入るとき、価値観を押しつけてはいけないと思う。
Noriko Takahashi, Rua Tsukitari

カンボジアの教育を支える会(PACE):高橋紀子さん、月足瑠亜さんインタビュー


NPO法人カンボジアの教育を支える会(PACE)は、その名のとおり、カンボジアの小学校に対して息の長い支援活動を行う団体です。最近では土地収用問題にも取り組んでいるPACEの高橋さんと月足さんにお話をうかがいました。

高橋紀子さん
中学生の時、授業で「地雷の被害を受けた少年」を見て大きなショックを受けたことが、発展途上国に関心を持つきっかけ。大学入学時に、高校の先輩に誘われたことをきっかけに、NGOに関わり始めた。2008年大学1年の夏に、初めて現地に行き、そこでの学びや発見が現在の原動力になっている。

月足瑠亜さん
2008年、大学1年の春にPACEに入会し活動を始める。2010年12月まで広報担当を務め、チャリティイベントや広報活動を通じて、団体やカンボジアのことを広く伝える活動に力を入れてきた。

カンボジアの教育の現状


— まず、PACEの活動の概要と目的を教えて下さい。

高橋 週に一度、ミーティングを開いて主に支援先に対する支援内容を考えたり、支援内容に必要な情報をNGOなどを訪問して知識を得たり、セミナーに参加して勉強をしたり、また支援に必要な資金調達としてイベントを開いたりをしています。支援だけではなく、自分たちが見てきたものを国内で伝えるための普及啓発活動も行っています。現地への教育支援と日本での普及啓発が活動の二本柱です。

月足 もともとは青山学院大学の国際政治経済学部のゼミナール連合内のメンバーが集まって立ち上げた団体で、最初はPACEという名前ではありませんでした。設立のメンバーの中にカンボジアで日本語を教えている学校とつながりのある方がいて、その日本語学校を支援する団体が大本でした。その後、その日本語学校の先生から教育環境の整っていない小学校を紹介してもらったのが、小学校支援の始まりです。

高橋 メンバーは、週一回のミーティングに参加してコアで活動している学生メンバーが15人くらいいます。いろんな大学からメンバーが集まっていて授業の都合などもあるので、毎回15人全員が来るわけではないですね。

学生の事業運営メンバーの上に理事会というものが設けられていて、主にOBOGの方が理事を担ってくれています。中には、学生時代にPACEでは活動していなかったのに、社会人になってから関わって下さる方もいます。社会人会員の中に上智大学の大学院でカンボジアのことを研究している方もいて、アドバイスをもらっています。社会人の方たちは、イベントに出展する時に手伝ってくれたりもしますね。

— カンボジアの教育の現状を教えて下さい。

高橋 カンボジアの教育制度は日本と同じ6・3・3制で中学校までは学費は無料です。中学校と高校はあまり普及しておらず、小学校も統計上は高い就学率になっているのですが、実は問題があります。粗就学率だと90%以上なのですが、純就学率だとそれより少し下がります。

カンボジアでは8歳から入学する子どももいてそれを含めるのが粗就学率なんですけど、本来は6歳で入学するはずで6歳から入学する子どもの割合が純就学率です。それに加え、学校に入ることができても途中でやめてしまう子どもが多く、みんなが卒業できるわけじゃないんです。中退率が高いのが実情です。

それから、学校の設備も万全ではありません。全学年が通える学校のことを完全学校と言うんですけど、例えば教室などの設備が整っていなくて4年生までしか通えない学校などの不完全学校も多いので、それが留年、退学につながっている面もあります。それに、都市と農村部だと地域間格差があって就学率が全く違いますし、男女格差もあります。

また、教員に対する給料がすごく低いこともあって教員不足なので、生徒の数に対して先生の数が足りてない学校が多くあります。教員を養成する機関もまだ発展途上なので教員の質もまだ改善の余地があります。

私たちの支援先のチュローク・チャー小学校は農村部の公立の小学校なのですが、教員が3名で、一年生から六年生までの約100人の生徒全員を見ています。留年とか退学とかは、家族の生活が厳しくて通わせられないケースなどで10%程度ですね。

たいていの農村部の小学校は教員数が少ないのに生徒数が多いので、2部制で授業を行っています。チュローク・チャ―小学校も、午前中に授業を受ける児童と午後授業を受ける児童にわかれている2部制で、先生の負担はけっこう大きいですね。その3名で100人の生徒を見るので。それに教室が6学年に対して3つしかないんですよ。だから一つの教室を二つに分けて2学年を教えていて、教室と時間を二つに分けることで教えています。

日本の教育との違い


— カンボジアの教育と日本の教育で、違いを感じることはありますか。

高橋 それはもう活動していて強く感じますね。今日のミーティングでもこの点を議論してたんですけど、私たちが受けてきた教育を当たり前だと思ってはいけないと思います。

具体的に違いを感じる点は、例えば主要四科目しか教えていない。物理的に難しいというのもあって国語、算数、理科、社会しかできていなくて、美術、図工、体育、音楽などの、私たちが日本で学んできたような科目は教えていない学校が多いのが現状です。私たちは教えた方がいいとは思うんですけど、先生たちも時間が設けられなかったり、それに必要な道具がなかったりで、授業が設けられていない。

でも、それを私たち側が無理に促して授業を作るのは間違いなんじゃないかと思っていて、よくPACEの中でもそういう話をするんですけど、何を重要視して教えるかというのはカンボジアと日本でけっこう違ったりするのかなと思います。

— カンボジアの先生は、図工や音楽などの授業を、行った方が良いと考えているけどできないからやらないのか、そもそも行った方が良いと考えていないのか、どちらなのでしょうか。

高橋 漠然と行った方が良いとは思ってるんですけど、やり方も分からない、経験したことがないので、そこまでは重要視してないんだと思います。

例えば、この前現地に行った時に、朝に10分間体操をすることがあったんですけど、それが体育の時間というふうに当てられてた時間だったんですよ。でも、私たちの考える体育ってそういうものではないじゃないですか。体操が他の科目の様に1時間まるごと使われないという状況ですね。

それから、カンボジアの子どもたちは整列もできないですね。言葉の問題もあったとは思うんですけど、私たちがアクティビティの指導をした時になかなか指示が促せないことがありました。現地の人によく言われるのは、前にならえみたいなのができない。もしかしたら支援先に特有な問題なのかもしれないんですけど、そういうのは教えてないのかなと思います。

教育自体の重要性ということで言えば、親御さんの理解が得られていないというのもあります。例えば支援先の小学校が設立した当初は、学校からものが盗まれたりとか、ほとんどの家庭が牛を飼っているんですけど、その牛の餌を食べさせに校庭に牛を入れてしまうということがあったらしい。日本に比べて学校教育が家庭や地域から理解されていないということはあるかもしれません。

今でも、親の教育への理解が薄い場合もあります。中学校までの学費は無料なんですけど、生活が厳しくて、子どもも家事や農業を手伝わなくてはいけないので、学校に行かせるのが当たり前ではないという背景があると思います。

月足 実際に私が現地の村で保護者にインタビューした時は「自分たちが教育を受けていないから、自分の子どもたちには教育を受けて自分たちより良い生活をして欲しい。」と話していて、そういう風に思っている親は多いと思います。でも、その人は実際には生活が厳しくて少しでも子どもに家の手伝いをしてもらわないと困るので、子どもを学校に行かせることができていなかった。分かってはいるけど、実際行かせることはできない。優先順位が明日の生活が上で、教育の優先順位が低くなっている、ということを、日本と比べて感じます。

高橋 でも、日本と異なるということをマイナスに捉えてしまってはいけないと思います。前にお会いした校長先生は子どもたちに生きる術を教えたい、将来、小学校時代に学んだことを活かせるような教育をしていきたいとおっしゃっていて、子どもたちや教育に対する熱意の部分は、私たちと繋がっている部分があるんじゃないかなと感じました。

— 日本と違って良いと思う点はありますか。

高橋 正直なところ、カンボジアの教育で良いと思う点はまだ見つけていません。というのも、先生たちがどういう風にカリキュラムを作って、どういった内容をやっているのか、例えば国語がどういう展開で行われているのかというのを見ていないので、それは断言できないんです。

ただ、私は教育学部なので、教育することの大変さをすごい感じていて生徒に伝えることも大変ですし、何を伝えるかっていうのもすごく難しいと思うんです。結局、教師の価値観で教えないといけないじゃないですか。でも、育った環境とか文化的背景はやはりカンボジアと日本では違うし、価値観もそれに伴って違うと思うんです。だから、支援に入るときに、こちらからこうでしょって押しつけるのはおかしいと思うんです。

やはり先生は先生なりに努力してるわけだし、先生たちなりにこういった教育をしたいと思って先生になられた。それを仕事としてやっているという面においては尊敬するべきだと私は思うんですね。だから、文化的背景、歴史的背景が違うなかで、違う人間が一方的に評価をすることはおかしいと私は考えるんです。だから、日本と違う点はあって当たり前だし、それをマイナスに捉えることはいけないんじゃないかと思いますね。

(続く »)

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Written by wakamonoiz

2011年10月28日 at 4:21 AM

Posted in インタビュー